お、ちっちゃいものブログ

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お、ちっちゃいものブログ

真面目なことや不真面目なことを書きます

「夢」について思うこと

(サッカーなんてこれっぽっちの興味もなかったこと覚えてます

やったこともなかった。)

 

 

どもの頃、夢について問われる機会って何度かありましたよね。

 

 

ぼくは夢について考えさせられる機会が嫌いでした。

 

 

 

保育園で誕生日がくる度夢を先生にきかれました

 

卒園のアルバムに書くためにみんなの前で夢を発表させられました

 

1年生で夢を作文に書く授業がありました

 

4年生で夢の絵を書く授業がありました

 

5年生で将来の夢の模型作る授業がありました

 

 

 

全部嫌いだった。なぜ嫌いだったか。当時は分かりませんでした。

 

 

でも今考えると、きっと色んな理由があって、

 

  • その時宣言した瞬間からそれを目指さないといけない気がしたから
  • のめり込めるものがなかったから
  • どうせ自分がなれるわけないと思っていたから
  • 1つに絞れなかったから

 

ってことなのかなと、思います

 

要するにぼくは真面目ということですははは

 

 

 

 

小学校のころ、将来の夢について絵を書くときに、確か「大富豪」みたいなことを書いて先生に「それは夢じゃない。」って言われたんですね

 

なんか悲しくなったの覚えてます。

これはおかしい。確かに周りは野球選手とか、警察官とかお花屋さんみたいな「職業」が多かったけど否定するのは間違ってませんか?

 

例えば

喫茶店で「いつもの」って言ってみたいってのも夢だし

優しいパパになりたいってのも夢だと思うんですよ

 

 

 

 

子どもに対して将来の構想をもたせる機会を与えるのは、とてもいいことだと思うんだけども、もっとねらいをもって具体的に問いかけしてほしいです

 

思いつくお仕事は?→その中でやってみたいお仕事は?→そのお仕事について調べてみよう!

 

みたいな授業楽しそう。

 

 

あと、その場で1つに決めさせる文化もよくない。

 

ほんの少しやりたいことを思いつく限り書いていくっていう授業いいな。

その中でやりたいことわかってくるかもしれないし。

 

急に、

 

 

夢!なに!ひとつ!ドン!

 

みたいな大人の聞き方、教え方、教育システムが

最近の人の夢がないとか、夢について語るのなんて恥ずかしいみたいな流れを作ってるんじゃないですかね

 

 

夢!なに!と聞かれるのが子どものころ嫌だったので、問いかけの工夫をしていただくことはできませんかね。

という問いかけの記事でした。

 

 

ではまた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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